last updated 1997/06/20
第36話(全130話)
回路不良〈ショート・サーキット〉(2/5)
・・ぼくは、(もしかして)マスター なの?
ぼくはマスターと呼ばれてるロボットの中に入り込んじゃってるって、そういうこと? こ
れはただの鎧なんかじゃないってことなの?
尋ね、そして答えを自分の頭の中から引っ張り出すよりないピートは、懸命に頭を働かせよ
うとする。何しろ自分のアイデンティティーがかかっているのだから、ピート、いままでの人
生でいちばん真剣にとことん集中して脳細胞をフル稼働させる。
もしこれが鎧なんだとしたら、こんなにチンチクリンなわけはない。
事実の整理。
希望的観測や勝手な思い込みを排除して、冷静に事実を事実として再検討してみる。
ぼくの身長は一四○センチだけど、この鎧はどう見ても一一○センチがいいところだろう。
ということは少なくとも三○センチは鎧から首が飛び出してなきゃ計算が合わない。一一○セ
ンチのドラム缶に無理に押し込まれてるとしたら、よっぽど腰や背中を折り曲げなきゃならな
いだろう。けれど残念ながら、ぼくの背中は曲がってないし、腰もふたつに折ってるような感
覚はない。第一そんな体勢で、あんなに激しく妖精を追いかけ回したりなんかできるわけがな
い。あの時ぼくは飛んだり跳ねたりしていたのだし、柱として家の天井を支えていた時にもや
はり背中はピンと真っ直ぐ伸びいていたはずだ。
ということは。
ぼくは一一○センチに縮んでしまったんだ!
ピートは唖然とし、そして茫然となった。
生まれたその日から今日に至るまで、ほんの少しずつではあっても確実に大きくなり続けて
きたピートだった。今日は昨日よりも大きくなっている。それが喜びだった。成長期に差し掛
かっただかりなのだから、少なくともあと五年はその喜びに浸れるはずだった。
なのに、三○センチも縮んでしまった!
その事実を納得させるのは不可能だった。少年にきみは昨日よりも小さくなったんだよ、と
告げて「ああ、そうですか」なんてその言葉を受け入れてもらえると思ったら大間違いだ。少
年にとって、いちばんつらいのは、自分が昨日よりも縮んでしまってると知らされることだろ
う。大きくなることこそすべて。何よりも優先させなければならない、この世でいちばんたい
せつなことと言ってもいい。
なのに、三○センチも縮んでしまった!
冗談じゃない。何かの間違いだ。こんなことがあっていいはずはない。あってはならない。
ピートは愕然となったまま、さらに必死に頭をフル回転させる。
違う。縮んだんじゃない。ほかになにかこの状況を納得させられる答えがあるはずだ。
考えて、考えて、考えて。
ピートはさっき自分でみつけたたったひとつの「答え」へと舞い戻る。それもまた簡単には
受け入れがたいことではあったが、三○センチも縮んだ、などという恐ろしい事実を納得する
ことに比べれば、まだ許容範囲だった。
つまり、ぼくはマスターというロボットと一体化してしまったんだ、という答え。
この機械の不恰好な箱は中に人が入れるようになっている鎧や着ぐるみではなく、正真正銘
のロボットであり、中には男の子ではなくマイクロチップだの歯車だの電線だのバッテリーだ
のがぎっしりと詰め込まれ、所定の位置に整然と並んでいるんだ。
そう考えてみる。
そしてぼくという意識だけがこのロボットの中に入り込み、どういうわけかコンピュータの
代わりにこの体を支配している。体はどこにある? もちろん、あのヒナツバメの巣があった
橋脚の下か、さもなければこの世界とぼくの世界とをつなぐトンネルだか光の川だかのどこか
に、心を持たずに横たわったままになっているんだ。
肉体を離れ、心だけ別の世界へ飛ばされ、たまたまそこに転がっていたロボットの中に入り
込んでしまった。『エクソシスト』で少女に取り憑いた悪魔みたいなものだ。あの悪魔も別に
少女の体の中に腰を折り、背中を丸めて入っていたわけじゃない。心だけ少女と一体化して少
女を支配していたんだ。同じことなんだろう。ぼくはどうやらこのロボットに取り憑いてしま
ったんだ。
ピートはそう納得した。背が三○センチ縮んだ、と認めるよりも、霊か魂かわからないが、
そういう実体を持たないエネルギーとしてロボットに憑依したのだと考えるほうが納得できた
。そしてそれはピートの勝手な思い込みではないことをマリカが証明してくれた。
(つづく)
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